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2011  06:48:00

Kindnessについて

また忘れたころに、前の本の続きを再開します。"Buddha's Brain"ですけど、こちらの続きです。

テーマはKindnessについて。

Compassion(慈悲)は、苦しんでいる人を見て苦痛を和らげてあげたいと思うことですが、Kindness(思いやり)は、相手が幸福であることを願うことだと言います。これは、相手が特に困っていなくても構いません。大抵の場合、毎日のささいなことで、よくなりますようにとか、うまくいきますように、と願うことです。

また、自分に対してkindnessを実践することも推奨しています。たとえば、イナーチャイルドに耳を傾けて、優しくしてあげる。あるいは、自分が不得手なことや嫌いな部分を責めずに、無理もないと理解を示す。

loving-kindness(慈愛)を思念しながら瞑想すると、とても気持ちがよいそうです。だから、呼吸法でする瞑想よりも、注意が散漫になりにくいそうですよ。

相手のよいことを願うというのは気持ちがいいのですが、相手が難しい人だったら。これについては、まず、少し鼻につくけど全体的には好意が持てるちょっとだけ難しい人を選んで練習しましょう、とあるのが面白いですね。

自分に対して意地悪だったり、悪意を示すような本当に難しい人だったら、バチが当たればいいなんて考えがちですが、そのとき、相手の態度や行為如何にかかわらず、こちらが相手の幸福を願うだけで、自分にどれだけの益が得られるかを思い出せば、kindnessはやりやすくなるとあります。

ill will(敵意、反感など)goodwillに置き換え、自分の中にある憎悪の狼を手なずける方法はいろいろあります。たとえば、カヌーで川をくだっているとき、大抵の人は、石にあたってひっくり返ったときは仕方ないと思っても、そこにスノーケリングをしているティーンエイジャーがいて、カヌーの底を(故意でなくても)押したか何かをしてカヌーがひっくり返ったのだと思えば腹が立ちます。こうしたとき、出来事をパーソナルにとらえないこと。多分、当たった障害物が人間でなくて動物だったら、やはりそれほど感情的にならないんだろうなと思います。

それから、心理学的に言うと、相手の行為や状況で、やけに感情的になるのは、過去に脅かしや危険を感じた出来事があって、そのときの感情が癒されていないで、機会をとらえて表面に出てきたというもの。英語で面白い表現があります。相手の言動で感情的になったとき、"He pushes my buttons"といいます。相手がこっちのボタンを押したので、頭にきたということですけど、ボタンを押したらしゃべり出したり動き出したりするおもちゃみたいで愉快でしょう? 

ill willは、自分の奥深くある、普段気づかない感情を見ないようにする手段になっていることもあるらしいです。また、何か別のことを教えてくれているのかもしれません。たとえば、相手が本当の友人ではないということだったり、自分と相手との境界線をはっきりさせる必要があることだったり(つけ込まれないようにするということ)。いずれにしても、自分が感情的になったとき、本当の原因を見つけることが大事です。

相手が感情的になっている場合。自分は単に相手の感情のドラマに出てきただけで、パーソナルに取る必要はありません。相手は、決して個人的にこちらを攻撃しているのでないということです。これは、こっちが相手のボタンを押したんですね。そんなときは、できるなら、邪魔にならないようによけて通りましょう。

あるいは、他によい面が沢山あるのに、否定的な面にだけこだわっていないかどうか。相手が属していてグループ(性別、民族、国、教育、社会的立場など)に対する偏見の目で見ていないかどうか。さらには、相手の背景(子供時代のこと)を思いやる。そして、THEM(他)という見方をしないで、共通点を見出しながらUS(味方)の域を広げていって、loving-kindnessの暖かい感情を起こす。 不当な扱いを受けたと感じたときは、胸に手を当てて、自分をいたわるような感じで優しい気持ちを抱くとよいそうです。

それに、ストレス、苦痛、心配、渇望などは交感神経系を刺激するので気をつけないといけません。繰り返されると、回路が確立されちゃいますからね。こうしたネガティブな感情を感じたら、早いうちに気分転換をして、力を弱めるようにします。シャワーを浴びるとか、インスパイアされる書物を読むとか、友人とおしゃべりするとか。

一日を過ごす中で、自分の行動や言語、思考にkindnessを持ってくることを、意識的かつ積極的に実践することを推奨しています。

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