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2011  12:03:35

放蕩息子 vs. アダムとイブ

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原書:The Disappearance Of The Universe: Straight Talk About Illusions, Past Lives, Religion, Sex, Politics, And The Miracles Of Forgiveness
訳書:新装版 神の使者

この本は訳書が出ていて『神の使者』となっています。原本は、特に難しい単語もないし、構文も複雑ではないのですが、内容を理解するのは少し大変かもという印象を受けました。英語のタイトルは、この世界が消えていく、という意味です。

ある日、ゲリー(著者)の前にパーサとアーテンというアセンディッド・マスター(この世での修行を終えた高級霊)が現れて、この世界は神が創造された世界ではないとショッキングなことを言い出します。結局、全部で17回の訪問を受けることになるのですが、初めは半信半疑でいろいろ質問するゲリーとアセンディッド・マスターのやり取りが結構ユーモラスで痛快です。

マスターは煙にまいたりせず、なるべく分かりやすく説明するのですが、奥が深い。そこをゲリーが卑近な例に言い換えて、こういうことなの、と確認してくれるので助かります。内容が面白いし、わたしはいたく感銘したので2回続けて読んでしまいました。

まず、この世が虚の世界で、神の世界とはまったく関係ないとパーサが断言しています。ゲリーは「でも聖書には神が創造したとありますよ」と反論します。

パーサの話では、聖書には真実も記されているけど、伝えられるうちに余計なことが付け足されたり、書いた人の意見が入ったり、イエス・キリストのことにしても、間違った引用のされ方をしているところが多いと言います。そのときゲリーが「よくテレビ映画なんかで実話に基づいているっていうけど、本当は大部分が創作されている、ていうあれと同じ?」と聞きます。

イエスのことをパーサたちがJ(Jesusのイニシャル)と呼んでいるのも何となく可笑しいんですね。それはともかく、新約聖書ルカ伝15章にある「放蕩息子」の話は実際にイエスが語ったということです。

放蕩息子が財産を使い果たして戻ってきたとき、父は何も咎めることなく大喜びして祝ったというあの話ですが、息子は過ちを犯し、自分は到底息子として受け入れてもらう価値のない者と思っているんですが、父はそんなことにまったく頓着せず、息子に駆け寄っていきます。神の愛もこれと同じだと言います。そこのパーサの説明を引用してみます。

God's Love rushes to meet His Son. God knows that His Son is forever innocent, because He is His Son. Nothing that seems to happen can ever change that fact.

わたしはここの部分を読んでとても嬉しく思いました。

一方、創世記にあるアダムとイブの話は、知恵の木の実を食べて神の怒りにふれ、楽園を追放されるとありますが、アーテンがゲリーに聞きます。「人間の親だって、してはいけないと子供に言ったら、余計にしてしまうことくらい知ってる。神が全能で完全なら、すべてお見通しのはずだ。神はどういうつもりだったのだろう?」

ゲリーが答えます。「罰するのを楽しむために、わざとアダムとイブが失敗するようにしかけたように見えます」

アーテンは「そのとおり。自分の子供にこんなことをする親がいるかい? これじゃ児童虐待だ」と言ってこの話は、神のことではなく、無意識の心が作った世界のことを象徴した話であると説明します。

また近いうちに続きを載せますね





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