FC2ブログ
--
--  --:--:--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 スポンサー広告

10
2018  17:55:48

非二元性を得るために一意専心が大切|ホーキンズ博士の著から

flower-field-2-1170387-639x405.jpg



David Hawkins博士の書、"Discovery of The Presence of God"を見ていきたいと思います。博士の書は、聞きなれない難しい言葉がよく出てくるのと、言い回しが分かりにくいので理解するのに悪戦苦闘します。本書の訳書は出ていないようですが、アメリカのアマゾンではかなりレビューがよいので、がんばって紹介しますね。

タイトルにあるように、「神の存在を発見する」ためのガイドブックみたいな感じですね。

第一部はスピリチュアルプロセスで、その第1章は、副題にある"Devotinal Nonduality"というタイトルになっています。そのまま訳すと「一心な非二元性」となりますが、何のことかよく分かりませんね。

一意専心


まず、'devotion'(一意専心)が大切なことが説かれています。神の僕となり、神性の属性(真実、愛、慈悲、知恵、偏愛しない)に一致するように専心することなんですが。

By devotion and commitment, the pathway unfolds and revelation supplants presumptive cause-and-effect acquisition.
一意専心とコミットメントによって、行くべき道が明らかとなり、推定に基づく原因結果の習得に啓示が取って代わります。

一意専心してコミットすれば、原因結果をあれこれ考えて進むべき道を選択する論理的な思考法を取っていたのが、啓示を受けて進むべき道が見えてくるということですね。

ここで'recontexualized'という言葉が出てきます。意味は"to place(something, such as a literary or artistic work) in a different context"で、何かを今までと違う状況に置く、これまでと意味が違ってくると解釈しました。

本書では、一意専心によって、あらゆる行動や礼拝が違う状況に置かれるとあります。礼拝の場合、神様のご利益を得るために行うのではなくて、単に真実を認識する意味になるのです。

二元性では、顕現はリニアで、原因と結果があって現れるように見えます。他に対する位置関係という'positionality'をもたらします。だから宗教は、本来のスピリチュアルな真実が、人や場所、対象物、時代、民族の伝説によっボヤけてしまうと。

非二元性とは、特定することを迂回して、妨げられない基本の真実に戻ることです。非二元性とは、時間や位置関係などの形式、区分、制限がないということです。

非二元性への一意専心


真実を得るには、神についての情報や知識をさらに得るのではなく、むしろあらゆる仮説を手放すことです。

The core of devotion is humility and willingness to surrender all belief systems and illusions of 'I know',
一意専心の核は、謙虚さであり、信念体系と「知っている」という幻想をすべて喜んで手放すことです。

マインドは知識や事実を収集し、自身と他者の行動からその精神状態を理解しようとするなど、リニアで原因結果の流れで捉えようとします。

宗教による誤り(罪の意識や自責、苦行、献金、生贄など)は、人間のエゴ/マインドが大きな誤りをする性癖があるためで、これは非二元性にひたすら心を向けることで避けることができるということです。神そのものは慈悲、ワンネス、愛、真実、全知全能、永遠、無限、偏在といった時間、空間、人間の本能や感情を越えた非二元的性質で、ここに一意専心するということですね。

博士によると、スピリチュアルの情報はここに来て始めてアクセスできるようになり、虚偽と真実を見分ける能力も大きく向上したということで、悟りを得る可能性は過去の1000倍になっているそうです。

エゴの構造や出所、進化的メカニズムが以前に比べるとずっと明らかになってきたので、道徳的な宗教の弾劾によって覆い隠す必要がなくなってきました。宗教がエゴを非難する表現は威嚇的で恐ろしいため自分の内を見るのに大きな抵抗がありました。

エゴのメカニズムは生物学的/感情の生存の手段に過ぎず、体と原始的なメンタルメカニズムの生存と進化に役に立ったのです。エゴは邪悪とか悪魔的というよりは、原始的と捉えられるようになりました。人間の心理として、激しく非難されたものは、押し殺し、否定、拒絶し、他に投影する、さらには神にまでそれを投影してしまうらしいです。

非二元性の道は困難ではないかという質問に対して、困難なのは道ではなくて、エゴの抵抗の度合い如何だとありました。まず、やるという意志を固めます。そうすると、一意専心に努力し、障害を手放す心の準備も整ってきます。一意専心することで、愛の力が呼び起こされ、謙虚になり、エゴのつっかえ棒と位置関係が取り除かれます。また、変化をもたらす情報の利用も可能になります。

なぜ一意専心が必要なのかという質問に対して。マインドは誤りや性格の欠点を知っていても、それを手放すパワーや動機に欠けます。一意専心はハートから来るもので、抵抗や障害を克服する強さと動機を有します。知恵や忍耐がついて、ときになかなか現れなかったり落胆させられたり、また疑ったり恐れたりするときもあることを学びます。

ということで、'devotional nonduality'は、神性なるもの、時間や位置関係などに制限されない真実の基本にアライメントするように一意専心するということでしょうか。そうしようと思えば、おごりを捨てなければいけないから、謙虚になるのでしょう。

この後、スピリチュアルのプロセスに入ります。続きは次回に。




関連記事

 非二元性

 非二元性 一意専心

- 0 Comments

Leave a comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。