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2018  14:11:53

「奇跡講座」による恐怖の定義

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'A Course in Miracles'という書、日本では「奇跡講座」とも「奇跡のコース」とも呼ばれていますね。まだ第4章の途中までしか読んでいないのですが、内容が深いので続けていきたいと思っているのですが、先が長そうです。さて、「奇跡講座」の目的は、マインドを修復して、正しく知覚できるようにすることです。マインドがいかに歪曲して物事を捉えるか、そのからくりの説明もあるのですが、そのあたりは、まるで心理学の講義を受けているようで面白いですよ。

マインドコントロール


マインドが修復されるには、何度も読み返し、ワークブックのエクササイズもやらないいけません。何しろ、わたしたちのマインドはかなりプログラムされてきていますから、どうしても歪曲して見てしまうのです。

話は飛びますが、アメリカCIAによるMK ultra(MKウルトラ計画)って、聞いたことがありますか? 人をマインドコントロールして操る秘密工作です。実際に、アメリカの銃乱射事件の犯人などはMK ultraで操られたケースが多いようなのです。ハリウッドのセレブでも、ときどき変な言動をすることがあるのは、このせいだという話です。

これらは極端なケースですが、誰でも多かれ少なかれ、マインドコントロールにやられています。幼いころから、「これをしてはダメ、あの人と付き合ってはダメ」とかいうように。幼いときは何でも素直に受け入れてしまいますから。だから、ときに、自分はどうしてあんな行動をするのかと意識してみる必要があります。無意識のままだと、いつまでたっても気づかないで、最善の人生を送ることができません。

恐怖の原因


話を「奇跡講座」に戻しますね。「奇跡講座」についてWordpressでブログしていたのをlivedoorの方に移転する作業をしていました。バックアップを取ったり、まとめたり、エクスポートしたりしていたので、また復習できました。移転元のブログはもう前のurlでは見れません。すべてlivedoorに移し終えたのですが、まだ下書きのままです。そして、2週間ほど一時帰国していたので、livedoorでの公開作業が中途のままです。

それはともかく、今回は、読み返してみて、改めて心に響いたところをメモしておきます。

思考の結果を直そうとしても無意味なことだとあります。恐怖するのは、誤った選択(思考)をしたためなのです。愛に欠けた思考をしたために恐怖が起こったのです。

You must change your mind, not your behavior, and this is a matter of willingness.

態度や行動ではなく、マインドを変えないといけないと言っていますね。それには、喜んでマインドを変えますという気持ちが大切です。

スピリットは完全なので変える必要はありません。わたしたちは、症状や結果の方を変えようとして、修正のきかないレベルを変えようとする過ちを犯してしまいます。修正できるのはマインドのレベルだけです。

Fear is always a sign of strain, arising whenever what you want conflicts with what you do.
恐怖は精神的緊張の印で、望むことが行動と一致していないときにいつも経験することです。

望むことというのは神の望むことです。良心とも解釈できますね。良心に反することをやる場合(パターン1)と、やるべきだと思って行動に移すけれども、本当はそれを望んでいない場合(パターン2)の二つがあります。どちらも、マインドと行動が調和していないので緊張を生みます。行動のレベルで修正しようとして、パターン1からパターン2に移ることはできますが、マインドと行動が調和していないので恐怖を拭い去ることはできません。

つまり、葛藤が恐怖の表れなのです。マインドを定めなければいけません。愛を選択すると決心することです。これを喜んでやりましょうという気持ちになればいいのです。そうすると、おのずと愛のある行動が取れるようになるし、確かに安らかな気持ちになれるのが分かります。愛から離れたときに、葛藤が起こり、恐怖が起こるのですね。

マインドはいつも創造している


それから、マインドがパワフルで、その創造的な力を決して失うことがないことをはっきり認識することも必要だとあります。マインドは、いつも思考し創造しているのです。だから、自分がどんな思考をしているか、気をつけねばなりません。わたしたちは創造者だということです。

うわべは、自分にそんな力がある思うのが傲慢のようで、そんなことは信じられないと思うわけですが、本当はそんな力があることを恐れているので、自分の思考が実際に影響を及ぼすことなどできないと信じたいのです。これで、神から離れてマインドを悪用したという罪の意識が和らぐかもしれませんが、マインドが無力であると見る代償を払っています。というのは、自分が無力だと思うと、何が起こるか分からないので別の恐怖が起こります。そして、自分の思考に気を配ることがなくなり、ますます本当の創造から離れてしまうのです。

本当の創造とは、神の心に一致した愛に基づいた創造です。「コース」ではmiscreationといって誤った創造という言葉を使っていますが、これは、愛から離れた思考が創造するもので、投影なのです。つまり、自分の中で何らかの葛藤があると、それを周囲に投影して見ることになります。投影は真実を表しているのではないので幻想に過ぎないのですが、自分で創造したものなので現実に感じられるのです。

だから重要なのは、何を意図するかということです。何を選択するか、何を思考するかということです。自分の思考に気を配らなければいけないということなんですね。思考はほっておけば、いろいろな所へ行きます。そしていつの間にか嫌な気分になったり、恐怖を感じたりすることがあるわけです。その前に気づくのが理想的ですが、気づいたときに思考を変える努力を続けていくことが大切です。そうすると、自然に正しい思考をするようになるというわけです。

自分のこと


きのう、日本から戻ってきました。前回もそうでしたが、やろうと計画していたことよりも多くやる羽目になり、かなりきつかったです。寒かったですしね。何となく、自分の限界までやるように後押しされた感じでした。滞在中のスケジュールはハードでしたが、おかげで、やり終えたことが多くて、やはり日本への帰国をサポートされているような感じがします。

また、着いた日は風邪っぽく、やらなければいけない諸事を考え、時差ぼけの頭が冴えてなかなか眠れなかったのを、高次のスピリットに助けてもらうことを思い出してお願いしているうちに、ぐっすり眠ることができ、翌朝は風邪の症状がなくなっていたというミラクルも体験しました。わたしの悪い癖ですが、全部一人で解決しようと思わないことですね。問題に見えるようなことが起きたときは、心を落ち着けて、どうしたらよいかと心の中で尋ねると、ふとアイデアが浮かんだりします。

とにかく、強行軍で体にもきつかったので、体に感謝することも、今回、初めてやりました。そのおかげでしょうか、何とか持ちこたえてくれましたよ。



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