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2017  08:59:07

過酷な状況に対応する方法ー"And There Was Light"から

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And There Was Light: The Extraordinary Memoir of a Blind Hero of the French Resistance in World War IIの続きです。前回はこちらです。

1943年7月19日の夜、著者の自宅で、GeorgesとPhilippeとDefense de la France(DF)の活動について長いミーティングをしました。この夜は、人生で最も幸福に満たされたときの一つだったと著者は述懐しています。もう何ヶ月も密に関わってきたGeorgesとPhillippeとは、強い友情の絆で結ばれていました。世界が今にも崩壊しそうなときにあって、友情は救いでした。

逮捕


翌日の明け方、ドイツの警官が来ていると告げる父の声が聞こえてきました。その声は、著者がまだ幼かったときに父が話しかけるトーンでした。著者を守りたかったのでしょう。でも、父親にはどうすることも出来ません。

全部で6人のドイツ人、2人が警官、4人が兵士でした。著者が準備する時間を与えてくれ、荒々しい扱いは受けませんでした。ただ、彼らは著者の部屋をかき回して捜索しましたが。

著者の頭には、誰が告発したのだろうかという恐ろしい問いが占めていました。しかし、それよりもまず、両親が巻き添えを食って逮捕されないようにしなければ。

ラッキーなことに、尋問した警官は、どうやって進めていいのか分かっていないようでした。彼の手にはDFメンバーの名前のリストがありましたが、それをごちゃまぜにして下手なフランス語で問います。著者は時間かせぎに、怯えた子供のようにふるまい、支離滅裂に答えました。

らちがあかないので、あきらめた警官は、著者の腕を取り、階段を降りるように導きます。ありがたいことに、著者だけを連行していくようで、両親に別れを告げる時間を与えてくれました。

今の瞬間を生きる


着いた先では、あちこちのオフィスに連れて行かれ、その間、聞かれたことは、著者が本当に'Blind One'かということだけです。このとき、これから何が起こるのか分からないという苦悶に苛まれていたので、文字通り光も見えず盲目の状態でした。何時間も無意味にあちこちに引き回された後、ようやくタイプライターの音が聞こえる部屋へ連れて行かれました。

フランス語を話す男の尋問で、DFのメンバーたち14名が逮捕され、GeorgesとPhilippeはまだ捕まっていないことを知ります。

一番苦しかったのは、夜、独房で一人にされたとき、頭を巡る思考でした。思考は、坂の途中でブレーキが壊れた車のように、制御が効きません。

You can stay in it or jump out.
そのままその中に留まることもできるし、脱出することもできる。

思考は、マシーンに過ぎない。

Your thoughts slip through your fingers, you reflect in a vacuum. Meanwhile your body goes off in another direction by itself.
あなたの思考は指の間からするり抜け、あなたは隔絶された状態で思案します。その間、あなたの体は、単独で別の方向へ去っていきます。

だから、筋肉がこわばったり、喉がカラカラになったり、耳が鳴ったり、胸が締めつけられたりといったことが起こるのです。これは、その人の性質に関係なく、誰にでも起きます。

著者はことのき、偶然、壁にしたたか肘をぶつけてしまいました。これが救いだったのです。自分は生きていると叫んでいました。

著者が言うには、こういう状態に陥ったとき、強がったり、理解しようとしないこと。

If you try to be strong, you will be weak. If you try to understand, you will go crazy.

Reality is Here and Now. It is the life you are living in the moment. Don't be afraid to lose your soul there, for God is in it.
現実は今ここにあります。この瞬間が、あなたが生きている人生です。そこで、魂が迷うと恐れるには及びません。神がそこにいるのですから。

具体的には、洗う場所があれば手を洗い、床でストレッチしたり、飛び跳ねたり、泣いたり、わめいたり、笑ったり、歌ったりするのです。今という瞬間にだけ注意を向ければ、神の情けが注ぎ、包んでくれます。そして、"Thy will be done"(御心のままに)と言えるのです。善以外のことは起こりようがないという確信が沸いてきます。

内なる光だけの世界に行く


翌日、少佐のところへ連れて行かれ、占領軍に対する破壊活動の罪で死の判決を言い渡されます。証拠として、6ヶ月にわたる著者の行動の詳細の記録が読み上げられます。さらに、Georges、Francoisを始め多数のメンバーの記録、Jeanのことも言及されていました。

この後、著者は7月22日から9月1日までの間、38回もパリのゲシュタポ本部に連行され、尋問を受けます。一度は、ひどく殴られたことがありました。どうにか彼らの存在を忘れ、以前のように光しかない内なる神聖な場所に行くことができたとき、不思議にも、SS(親衛隊)は著者の答えを待たず、話題を変えるのです。

尋問の期間が終わったあと、6ヶ月の牢獄生活が続きました。最初は、教会の地下の独房に。後に上の階に移されて、3名の囚人と同じ部屋に。

牢獄生活では、外の自由な世界のことを考えるのはご法度です。ここでは、前にも増して、内なる世界に住まなければなりません。そこで、母親でも、恋人でも、自分の子供でも、自分の大切な人を一日数回、じっと見るのです。ただ、彼らが今どこで何をしているかをイメージしてはなりません。彼らを自分の持てる光で見るだけです。

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本当は最終にしようと思ったのですが、ここで一旦止めて、続きは次回にします。





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