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2017  08:44:14

占領下のパリ、形の見えない災難ー"And There Was Light"から

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And There Was Light: The Extraordinary Memoir of a Blind Hero of the French Resistance in World War IIの続きです。前回はこちらです。

ここまでは、盲目の著者が、音で見る世界、光の世界など、深い内面の世界を描写してくれて、目が見える者にとって参考になったのですが、ここからは戦争の体験になります。これも体験したことがないし、いろいろ勉強になりました。

1938年ー戦争に関わる予感


1938年3月12日、毎晩のようにラジオでヨーロッパのチャンネルをあちこち回っていたとき、ウィーン局から「ハイルヒットラー」と叫ぶ声が飛び込んできました。ドイツがオーストリアを占拠したのです。著者が13歳のときでした。

ナチが流すニュースは大まかに理解できましたが、ことのき、ドイツ語をもっと勉強しようと決意します。状況をもっと理解できるように。それ以来、5年間、毎日2時間、ドイツ語を勉強しました。

ハインリヒ・ハイネの『歌の本』、フリードリヒ・シラーの『ウィリアムテル』、ゲーテの自叙伝をドイツ語で読めるほど上達しましたが、どれも著者を困惑させました。こうした書物のドイツ語は、調和がとれて人間味があり、表現された思考は最後までついていけないほど高尚で、到底、SAやSSといった師団の憎悪の集会や、ユダヤ人たちに対する侮蔑や拘留といったものと接点を見つけることができなかったからです。

このときには、まだ恐怖はありませんでした。困難な状況に対する興味、理解したい欲求、不可解な事に引かれる気持ち、将来や予期しないことへの魅惑といった、一連の精神状態を経験しました。

同年の8月、父親に連れられてドイツ人の友人を訪問しました。校長をしていたその友人は、平和を求めるドイツ人はみなすでに打撃を受け、これからの準備をしていると言葉少なに語りました。現実は想像するよりひどい。ドイツだけなく、フランスやイギリス、世界を巻き込むと。

パリに戻ってから、仲間にこれから起きることを伝えようとしましたが、誰も理解しません。彼らの生活には、何の変わったことがないし、よその国で起こることが新聞に報道されても実感がありません。大体、新聞の報道も当てにならないからです。

ナチの戦車がポーランドに侵攻したというニュースが流れてから、人々はもはや以前のままではいられなくなったことが、著者にははっきり分かりました。いつものバスの運転手を初め、周囲の人たちが戦争に行きます。

みんなが興奮していました。いつもの時間に就寝しないし、特急列車は汽笛を2回鳴らして、ローカル駅に停車します。人々は手紙ではなく、電報を打ちます。みんなが戦争のことで、ああでもないこうでもないと話しています。でも、勝利を口にする人は誰もいません。

The reality of war made its way into my consciousness drop by drop.
戦争の現実が少しずつ意識に入ってきました。

最初の陶酔が吸収されたあと、一つの問いが他をかき消しました。その問いとは、"Is the war our business?"(この戦争は僕達に関係があるのだろうか?)というものです。

答えは分かっていたのです。でも、親友のJeanも著者も共に15歳だったので、まだ守られていました。しかし、二人とも、自分たちが戦争に関わることをどこかで予感していたようです。

1940年ー占領下のパリ


1940年6月17日正午、ペタン元帥がフランス国民に伝えました。軍はこれ以上戦いを続けることができない、降伏し、あらゆる抵抗を止めなければならないと。著者たちは、これを信じませんでした。ペタンが裏切り者だという考えは思い浮かばなかったけれども、彼が間違っていると確信していました。

6月18日、まだ無名の若いシャルル・ド・ゴール 大尉がイギリスのロンドンから、抵抗を止めず、海外の全フランス領で戦いを続けるようにフランス国民に呼びかけました。著者とJeanはこれを信じ、賛同したのです。

一点の疑いもありませんでした。自分たちは「自由フランス」の兵士になるのだと。でも、これは虚勢でもなく、愛国心でもありません。フランスのために戦うとう曖昧なことではないのです。著者とJeanの頭と心の中にあったのは、自由でした。自分の信じることを選択する自由、生き方を選択する自由、そして他の人にも選択を許し、危害を加えることを拒むことです。

父親の仕事でしばらくいた南フランスから戻って来ました。ドイツ占領下のパリは、以前よりも静かで、車やバスはほとんど見当たらず、路上を走っているのはトラックだけ。そして、ドイツ軍も見かけません。コンコルド広場へ行かなければ。不気味な静止は気を滅入らせるし、重苦しいですよね。次のように表現されていました。

The silence caught you by the throat, made sadness press into your thoughts.

このとき、フランスは南北に分離されて、手紙のやり取りは禁じられていました。既定の形式で何の意味もない言葉を連ねたハガキだけ送ることを許されていました。手に入る新聞はドイツ語のものだけで、BBCのラジオ放送を聞くのは禁じられていました。それでも、何十万もの人々はBBC放送を聞いたそうです。

もはや、人々が何を考えているのか分からないし、それを聞く手立てもありません。これが、本当の苦悶でした。自分を守るため、あるいは隠れるために、みなが警戒して話しません。誰が勇気があるのか、臆病者か、見分けることができません。あるのは静けさだけです。

学校が再開され、新しい歴史の先生が教師陣に加わっているのを知りました。この先生が著者や他の生徒に大きな影響を与えることになるのですね。

Exasperating vapors seemed to be rising from occupied Paris, lying there as silent as the tomb.
イライラした蒸気が、墓地のようにひっそりと横たわる占領下のパリから立ち昇っているようでした。

この頃には、国境を接して、戦いと死のサインがありました。著者たちは、どうやって生きたらよいか、一刻も早く学びたかったのです。もう、時間がないことは分かっていました。大人よりも、若者たちの方が、落ち着かない不安を強力に感じていました。ただでさえ、不安定な思春期を、こんな異常な状態で過ごすのは、さぞ大変だったろうと思います。

著者の回りに仲間が集まってきました。その中にFrancoisがいました。彼はフランス生まれですが、家族はポーランドからの移民です。著者の仲間はみな情熱っぽいのですが、Francoisのはスラブ的で少し違います。感情はその背の高い細い体から勢いよく流れ、自分でコントロールできない動作をさせるのです。彼は情熱であふれていましたが、最大の情熱はフランスに対するものでした。

情熱と言えば、新しい歴史の先生も素晴らしいです。他の教師と違って、ふりをしない。既定の授業が終わってから、もっと知りたい生徒のために、1918年の敗北からドイツがどのような道を歩んできたかなど、戦争に至るようになった事情を一部始終、話してくれました。さらに、まだ参戦していなかったソビエト連邦とアメリカのことについて、やがて参戦するのは希望的観測ではなくて、避けられない一連の出来事であることも。

まだ続きます。





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1 Comments

あや  

はじめまして

はじめまして。
いつも、色々な興味深い情報を教えてくださりありがとうございます。

私が受け取らせて頂いたものとして、この先に起こる富士山の噴火と魂についてお伝えしたいことがありますが、ご存知のことでしたら申し訳ございません。

富士山の噴火で、魂が上がる、魂が下がることが分けられるライン、というものがありますが、それは魂が上がっている人と、下がっている人を分けるラインということです。

そのラインより下にいて、富士山の噴火の時に、上がることができなかった魂は、星に帰ったり宇宙と溶け合ったりすることができず、一つの大きな情報としてまとめられてしまうことになってしまうようです。
そうならないためには、魂が上がっている人と、下がっている人を分けるラインよりも上にいる必要があります。
そのラインよりも上にいるためには、スピリチュアルに関しては、正しく情報を伝えていくことが大切で、その逆に誤った情報を伝えることで魂は下がってしまいます。
正しい情報を伝えるとは、魂についてきちんと書かれているブログや本を伝えたりすることですが、誤った情報とは、魂について書いていないことです。
日常の経験を思いやりや優しさを持って積んでいくことで上がりやすくなっていきます。
魂を下げてしまうことに、集めた情報をそのまま転載したり伝えたりすることがあげられますが、その逆に集めた正しい情報を伝えることで魂は上がります。
誤った情報を伝えることは、魂を大きく下げてしまうことになってしまうようですので、魂について書かれているブログや本を転載したり伝えるようにしていただきたいと思います。

読者が大勢いらっしゃるブロガーさんは、魂について伝えていくことで、下がっている読者の魂を上がらせることができ、それがカルマの解消となっていきますので、魂について書かれたブログや本を是非とも読んでいただいてそれを伝えて頂ければと思っております。

魂を上げていくには上げ続けるか、下げていって跳ね返らせるという上下運動がありますが、富士山の噴火の時までに魂が、上がっている人と、下がっている人を分けるラインよりも上にいる必要があります。
富士山の噴火は、魂を浮上させ、上げ続けていくこと、そして下がった魂を一度沈ませ跳ね返らせて上げ続けるために起こります。

是非とも魂について知っていただきたく、コメントせて頂きました。


最後までお読みくださりありがとうございました。

2017/04/16 (Sun) 15:43 | EDIT | REPLY |   

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