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2017  08:13:17

音で見る世界ー"And There Was Light"から

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And There Was Light: The Extraordinary Memoir of a Blind Hero of the French Resistance in World War IIの続きです。前回はこちらです。

親友のJean


著者と親友のJeanの関係は、本当に素晴らしくて妬みたくなるほどです。9年間の関係のうち、最初の7年間はいつも行動を共にして、お互いに、まったく秘密がありませんでした。

出会ったのは11歳のときで、著者が知っている同年代の子供たちの中で、Jeanが一番純真だったと述懐しています。すべてにおいて、Jeanはおっとりしています。握手のときは、痛くなるほどしっかりと長すぎるくらい手を握るといった具合。頭は悪くないのですが、ゆっくりと考えて話すので、活気に欠けると批判されることがあったそうです。いつも真面目で真剣です。

二人の間では、真実だけを語り合い、意味のないこと、心にないことは言わないと約束していました。だから、何時間も無言のまま一緒にいて、ときおり、微笑みを交わすということも。またあるときは、14時間もノンストップでおしゃべりを続けることもありました。

人々は、いつも二人が一緒にいるのを見慣れてしまったため、しまいには、二人の見分けがつかなくなるほどでした。

初めから二人の間で取り決めていたことがあります。それは、互いを離れて自由に他の交友関係を持ってよいということ。これは、賢明でした。というのは、著者は危険なゲームへの情熱がまだあって、他の少年たちと悪ふざけに興じたいのです。でも、そういう仲間からは、Jeanを遠ざけていました。彼らが、Jeanの純真さをノロマと勘違いして我慢できないことを知っていたからです。

著者は、他の少年たちのゲームに参加したものの、心は満たされませんでした。それが、子供でもない大人でもない時期にさしかかって、醜く感じてきたそうです。何がそうさせるのか分からなかったけれども不健康なものを感じてきました。しかし、Jeanがいるおかげで救われたようですね。

When he was there the good side of me blossomed.

Jeanと一緒のときは、著者のよい面が伸びていくのです。ありますよね、心の清い人と一緒にいるだけで、感化されること。これは共振の原理ですよね。

著者とJeanは何でも話し合い、互いの観点や世界を比較したり共有したりしたのです。Jeanはシューベルトが心に与える影響を説明し、それがベートーベンの場合とどう違うのかということを話せば、著者は、歴史の出来事に焦点を当てたとき、心のスクリーンに投影される詳細な映像を説明しました。著者の記憶は視覚的だったから、歴史で学んだことが映像として浮かぶのです。

音で見る世界


お父さんがよくコンサートに連れて行ってくれたおかげで、音楽に魅了されました。特に、各々の楽器が規則に従って奏でる音楽がとても美しく、明瞭で、神の言葉のように思えたそうです。著者の体は音楽を聞いているのではなくて、祈りを捧げていたと。

モーツアルトやベートーベンの音楽を愛し、彼らの音楽が感情を形成し、思考を導いてくれたと語っています。盲目の者にとって音楽は滋養になりました。人間が創造したものの中で、音楽が最も人間らしくないと言っていますが、おもしろい見方ですね。

著者は音楽をこの上なく愛し、チェロを習ったりもしたのですが、音楽家ではありませんでした。

Music was not my language.

ドやレ、またはミといったそれぞれの音を弾いた途端、音を音として聞かないで、さまざまな色の曲線や形や地形に変わってしまうのだそうです。だから、楽器を弾くのを止めなければなりませんでした。著者にとってコンサートを聞くのは、画家が絵を描くのを見ているのと同じだったんですね。

14歳のとき、自分は「バベルの塔」のミニチュア版だったと言います。ラテン語、ドイツ語、フランス語が騒々しく頭の中を占めていました。文学に傾倒するとき、本を読みすぎて、言葉が人と同じくらい現実になってしまいます。それから自分を守るのに、言葉を真剣に受け取らないで、そこから少し離れてみることを学びました。そうすると、もっと意味をよく理解できることに気づいたのです。

また、言葉の音を聞くのが楽しかったのです。仲間とよく演劇を見にいきました。著者には舞台で何が起こっているかは見えませんが、耳で聞くだけで演劇が見えていたのです。それは、本を読むだけで、場面を想像するのと同じだと。確かに、そうですよね。本を読んでいるとき、頭の中で映像化してます。また、目の見える仲間たちが、必ず演劇について著者の意見を聞きたがったそうです。決してバカにせず、真面目に。

ちょっと話がそれますが、目で見ていないのに頭の中で映像化できるのは、'clairvoyance'なんですよ。和訳は「予知能力」ですが、少し違うと思うのです。'clear seeing'で、はっきり見えるという意味です。誰もが持っている能力で、自然にこれをやっているのに、自分にはこの能力がないと思っている人が多いというのを他のところで聞いたことがあります。

著者は、シェークスピアの作品を頭の中で演じるのが喜びだったと言います。そして、シェークスピアによって、スピリットが人生と同じくらい複雑なことを発見しました。

シェークスピアは、やたらと言葉が多くて分からないという印象があったのですが、あれがいいんですね、きっと。著者は、こんな風に言っています。

He poured out upon you all the shade and all the sun, the songs of birds and the groans of ghosts. He never said anything that was abstract. With him you no longer had to imagine Romeo and Juliet. You touched them and even thought you yourself were Romeo.
あらゆる影とあらゆる日、鳥のさえずりと亡霊のうめきを浴びせかけてくれる。決して抽象的なことは言わない。シェークスピアにあっては、もはやロミオとジュリエットを想像する必要はない。彼らにじかに触れるので、自分がロミオをになった気がするほどだ。

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ここまでがgood timeの回想です。この後、戦争の荒波が押し寄せます。まだ続きます。






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