18
2016  09:04:09

愛は幸福の絶対鍵 ー"Happiness Now"から

miniHearts.jpg


Happiness Now: Timeless Wisdom for Feeling Good Fastの続きです。

今回は愛と幸福の関係についてです。

ハッピーになろうと思えば、まず愛することから始めねばなりません。

愛と恐怖


ところで、愛の対極にあるのは恐怖だそうです。愛と恐怖は単なる感情ではなくて、これは、二つの相異なる考え方/心の持ち方(frames of mind)です。普通、わたしたちはこの両極の間を行ったり来たりしているようです。

頭の中で起こる二つの声のやり取りがそのよい例です。一方は向こうからやって来る人に道を聞こうとするのに、もう一つの声は見知らぬ人じゃないか押しとどめるといった場合です。この会話が長々と続くのですが、割愛します。端で聞いていると、確かに"Are you mad?"と言いたくなるのですが、これ、割とやっていると思いませんか? 自分ながら疲れてしまうこともあります。まったく…

言うまでもなく、第1の声は「愛」に属していますが、第2の声は「恐怖」から来ています。どちらを選択するかは自由ですが、ハッピーになろうと思えば、「愛」の声を選んだ方がよさそうです。

幸福の絶対鍵


Your intention to love, no matter what, is the absolute key to happiness.
何としても愛しようとする意志が、幸福の絶対鍵です。

誰かを憎んでハッピーになろれるかやってごらん、誰かを恨んで喜べるか試してごらんと言っていますが、無理ですよね。だから、"Love and be happy"が著者の標語です。他にも問いかけの例がありましたが、その中でもわたしにグサッと来たのは"try to fully independent and intimate"です。完全に独立して親密になれるかやってごらんということですね。

If you're waiting to be happy before you start being loving, then you'll find that you're in for a very long wait.
自分が愛深くならないで幸福になることを待っていれば、いつまでも待つことになるでしょう。

そして自分が愛深いかどうかを知るには、自分がハッピーかどうかをチェックするとよいと。
If you're not happy, you'll know that you're not being loving.

「制限のないセルフ」の本質は愛です。そして、愛は、いついかなるときも、あなたから離れていくことはありません。もし、所有物や過去、富、条件付け、苦痛、栄光といったものを取り上げられたら、愛だけが残るのです。

愛が自分の内にはなく外にあると思って恐怖を感じるやいなや、愛を特別扱いしたり制限したり、乏しいと思ったり、見つけるのが困難だと思ったりするのです。

人間関係は自己の投影


愛情関係は自己を受け入れることが基盤です。自己受容ができなければ、真に愛深い関係を持つことはできません。自分の内なる葛藤を癒して初めて、他者と平和で喜びにあふれたつながりを持つことができるのです。

心の奥底で自分は愛を受ける価値がないとかつまらない者だという思いを持ちつづける限り、どんな愛情関係も、終いにはニーズを満たそうとする不安定な契約でしかなくなり崩れてしまいます。だから、始終、友人や恋人を変えては、今度こそはと思うのですがうまくいきません。

What you believe about yourself you will project onto your relationships.

あなたは、自分について信じていることを人との関わりに投影します。

だから、もし自分がつまらない者(not good enough)だと思えば、パートナーや友人も初めに思ったほどよくない(not good enough)ということになってしまいます。自分に何かが欠けていると思う限り、人との関係でも何かが欠けているという経験をするのです。

そして、次の事実から逃れることはできません。

You can only love another person as much as you're willing to love yourself.
あなたは自分自身を喜んで愛そうとする程度にしか他の人を愛することができません。

愛を他に実践しようと思えば、まず自分自身からということですね。だから、関係に問題が生まれるのは、自分自身に与えようとしないものを友人やパートナーに求めるからだと言っています。

もし、他の人が自分を愛するよりも大きな愛情を自分に向けてくれると、初めは喜んで興味を持ったりしますが、自己受容に欠いているため、結局はその関係から逃げてしまうことになります。あるいは、自分を愛していないと、相手が愛してくれても、それに気づくことを自分に許さないのだそうです。

People will treat you the way you treat you.
人は、あなたが自分を扱うのと同じように、あなたを扱うでしょう。

周囲の人は自分の鏡の役目をしてくれるということで、すごいですね。相手が愛してくれないとか、親切にしてくれないとか責める前に、自分自身にそうしていないか振り返ってみる必要ありです。

愛情関係


また、愛情は表現しないと相手に伝わらないことも例を挙げて書かれていました。

そして、"too much unhealthy independence"についての注意も。あなたに頼らなくてもわたしは大丈夫よみたいな感じですよね。これは、拒絶される恐怖や愛情関係へのコミットに対する恐怖から来ているそうです。

この二つの恐怖は後から学んだもので自然ではないのですが、わたしたちの考え方に深く根付いているので、程度の違いはあっても、誰もが愛情関係で直面しなければならないものです。

すでに愛情関係にあって関係がぎくしゃくしてきたとき、普通は相手から離れて痛みを和らげようとしますが、ここは逆に相手に近づくことが鍵だそうです。それも"nose to nose"に。相手と正面から向き合ってという意味ですね。

When love is difficult, the key is to move in closer --- nose to nose.

というのも、相手から距離を置いてしまうと、相手に投影しやすくなるからです。

If your intention is to love, no matter what, then you'll want to get close, let down your defenses and be open.
あなたの意図が愛することなら、何があっても、近寄って、防御するのを止め、心を開いた方がよいでしょう。

これは、恋人や夫婦だけでなく、友人や家族との関係にも言えることですね。自分の中にすごい抵抗があってなかなか難しいのですが。

また、親密な関係を持とうと思えば、自分の感情を殺さないで伝えることです。
Share the feelings; don't shoot the feelings.

安全で癒されるコミュニケーションを望むなら、相手を敵だと見ず、自分の感情を武器として使うことがないようにしなければなりません。

愛は縛らない


Love doesn't control. Control is not love, control is fear.

Love and joy require freedom, not control.

言い換えれば、縛る愛はニセモノで、放つ愛が本物だということですよね。さて、面白いたとえ話が載っていました。

ある日のこと、若い見習いの悪魔が悪魔の上司のところにやってきて、心配そうに「地上で大変なことになっています。イエスという奴が、互いを愛しなさいと教えているのです」と言いました。悪魔の上司は「政治の喜び」という本を執筆中で忙しいので、悪魔の見習いに監視を続けて後で報告するように言いました。

ほどなく悪魔の見習いが戻って来て、前よりも一層心配しながら「今度は、イエスが人々に恐れと憎しみや恨みを放ち、許しを実践しなさいと教えています」と報告します。悪魔の上司は、ちょうど「官僚制度」という章の途中で忙しく、眉をひそめ「出て行って、見張っていろ」と怒鳴りました。

しばらくして、悪魔の見習いが戻って来ました。まったく打ちのめされた様子です。「最悪です。イエスが喜びについて説き、天国は内にあるなどと言っています」。ちょうど「支配」という章を書き終えた悪魔の上司はペンを置き、言いました。「お前はどうしてそんなに心配するのだ? イエスが死んだらすぐに志願者を集めて組織を作り、支配させ、彼の教えを杓子定規なものにすればいいじゃないか。宗教にしてしまえば、イエスが説く愛は、すぐにも教義の中で失われてしまうさ」




関連記事

 人生の意義と幸福

  幸福

0 Comments

Leave a comment