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2016  09:17:46

不幸の実態と癒しについてー"Happiness Now"から

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Happiness Now: Timeless Wisdom for Feeling Good Fastに戻ります。

今回は不幸せな感情を癒すことについてです。

不幸とは


生きていれば誰しも不幸せな気分になる時があります。ただ、そんなとき、意識が自分の苦痛だけに向けられて、その状態がずっと続くような錯覚に捉われてしまいがちです。こんなとき、これはいずれ過ぎ去るのだと思えば気持ちが楽になります。英語では、"This too shall pass"ですね。本書の著者もこんな風に言っています。

Although unhappiness feel so permanent, it is always transient.
たとえ不幸が永続するように思われても、いつだって一時のことです。

そして、こんな面白いことを言っています。

Unhappiness has a way of collapsing time and space.
不幸は時間と空間を広げる傾向があります。

だから、時間的には永続するように感じられ、スペース的には人生がうまくいってないことだらけに思われるのです。こうして、絶望感や無力感を味わうというわけです。

不幸の種類はいろいろあっても、その源泉はすべて同じです。

Every form of unhappiness is manifestation of fear.
不幸の形はすべて、恐怖が顕現したものです。

悲しみも不安も失望も鬱も孤独感もすべて恐怖から来ているのです。たちが悪いことに、恐怖はそれを解決しようとしてさらに恐怖を引き起こしてしまいます。

嫌な感情を批判しないで許す


Joannaというクライアントの話が出ていました。彼女は鬱に悩まされていました。話を聞いているうちに、彼女の鬱の原因は、いつも自己批判ばかりしていることであるのが判明します。まず、自分自身や達成したことに対する批判ではなくて、感情についての批判に取り組みました。Joannaは自分に厳しいあまり、自由に感情を感じられなくなっていたからです。

To heal unhappiness, you must make it safe to feel your feelings.
不幸せな感情を癒すには、それを感じても大丈夫だと自分に許すことです。

嫌な感情が恐ろしくて、それを感じることを自分に許していないということはあるのですね。Joannaの場合は、自分の感情が間違っている、悪い、馬鹿げている、クレイジー、みじめったらしい、大したことではないとして退けていました。こうして自分の感情を批判するのは、自分の苦痛をコントロールしようとする試みだそうです。でも、そんなことをしても苦痛を抑えるどころか、ますます苦痛を大きくしてしまうことに気づきました。

不幸な気持ちは苦痛ですが、それに対する反応で苦痛を大きくしていることはよくあります。これを飛び越えるには、不幸は本当ではないと知ることです。つまり、どんなに自分は不幸せだと思っても、それが本当の自分ではないということです。だから、一時的に苦痛を経験しても、永続することはないということにもなるのですね。

"I am unhappy"ではなくて、"I am experiencing unhappy"です。そして、"You are not your pain"です。

とは言っても、苦しい感情を隠したり、抑え込んだりすることを勧めていません。日本では、心で泣いて顔で笑うのが美徳とされる傾向がありますが、そんなことをすると、かえって苦痛が助長されるようです。というか、苦痛の90%は、そこから来ているとも言い切っています。

癒されるためには、まず、不幸せな感情を感じている自分は悪くはないと認めてあげるこです。苦痛は自分ではありません。ただ、苦痛の感情を経験しているに過ぎません。不幸→自己批判→罪悪感/恥→処罰→不幸という悪循環の輪を断ち切らなければなりません。

まさに愛と思いやりが必要なときに、自分を批判して罰するというようなことをやってしまうのが問題なのです。だから、悲しいとか辛いという感情を信頼できる人や神、聖霊、"a healing agency"なりに正直に打ち明けることです。" a healing agency"ですが、癒すことを仲介してくれる物や人で、ジャーナリングもいいのではないかと思います。

癒しのプロセスをコントロールしない


自分の正直な感情を受け入れたら、助けを求めることも大切だとありました。その時、変なプライドや罪悪感、不信感を脇に置いて、素直に助けを受け取る気持ちにならなければなりません。もっと身近なところでは、道に迷ったら、いつまでも一人で解決しようとしないで、さっさと人に聞くことなんですね。

また、癒しのプロセスはコントロールするものではないということで、次のようなたとえ話が紹介されていました。

王子が心臓に毒矢を受けて危ない状態です。すぐに医者が駆けつけましたが、王子は矢に付いている毒の種類を知りたがり、毒の種類が分かったところで医者が手当てをしようとすると、その前に矢の材質を知らなければならないと言います。さらにどんな人がこの様な矢を使うのか、誰が矢を射ったのか、どうしてこんなことが起こったのかをと知りたがり、納得するまで医者に治療をさせません。その間にも毒が回ってとうとう王子は死んでしまいました。

この話の中の王子は、エゴの象徴で、なかなか癒しを受け入れようとしません。医者の治療を受ける前に、すべてを理解しないと気が済まないのです。癒しを受けるのに、まず理解する必要があるというのは、よくある過ちだそうです。

Healing is all about miracles---that is, seeing things differently.

癒しは奇跡に尽きるのです。つまり、物事を別の見方で見ることです。

不幸せなら、現在の見方を変える必要があります。

Healing is about giving up the thinking that led you to feeling unhappy or unwell; and being open to seeing differently, thinking differently, believing differently, expressing yourself differently, and acting differently.
癒しは、不幸や暗い気分に陥らせた考えを手放し、心を開いて、別の見方、考え方、信念を取り入れ、これまでと違う表現や振る舞いができるようになることです。

決めつけが不幸の源泉


Judgement is the source of all sorrow.

あらゆる不幸は、「これは悪い」とか「これは良い」と決めつけることから起こります。仕事を首になったら悪いニュースだと決めつけるのはありがちですが、もっとよい職が与えられる機会なのかもしれません。

決めつけるのに問題があるのは、物事をそのまま受け入れないからです。そうすると自分が見る世界は、自分の判断を投影したものだけになってしまいます。人や物事を良いとか悪いとか決めつければ、結局、自分がその判断の影響を受けるのです。誰かに怒っていれば、自分の神経系が怒りを感じます。パートナーに苛立っていれば、自分の心が動揺するのです。

判断を手放すには、自分には正しい判断を下せるほど十分には分かっていないと悟るだけでよいのです。そして、自分が判断したことをまた悪いと判断しない。ここは、自分に優しく、そして自分の判断をそれほど真剣に取らないことです。

確かに。誰かを~な人だと決めつけると、その判断に捉われてしまいますよね。もっと心をオープンにと思っても、ついつい決めつけをやってしまいます。自分を責めないで、そして、その決めつけを真剣に取らないように心がけると優しくなれるのだと思います。著者は、愛の実践にコミットすると、自然に決めつけることはしなくなると言っていました。





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