07
2016  04:07:10

自分の人生を生きるためにー"Heart of Miracles"から

Heart of Miracles: My Journey Back to Life After a Near-Death Experienceを見てきましたが、今回が最後です。

著者のKarenは、自分を癒すために、さまざまなことをしてきました。マインドやヨガの思想を学んだり、生活面でも健康によいことを取り入れ、瞑想や祈りの実践も。また、これまでインド、イタリア、ブータンを訪れ、それぞれの場所で学びを得ました。ブータンから帰ってきてからは、生まれ変わりについても興味を持ち、いろいろな書物を読んでいます。

ナグ・ハマディ文書


最初の一連の手術の後、精神的にも肉体的にもどん底だったとき、ある夢を見ました。それは、イエスがKarenを助けるために誰かを遣わすと言ったことです。彼女は、一応、キリスト教の教会に行ったりした背景があるのですが、熱烈な信奉者ではないので、そんな夢を見たことを不思議に思っていました。

大体、教会の教義とかそういうのが苦手だったようです。ただ、臨死体験からすべてにオープンになり、教会の教義とは別に自分なりにイエスの素の部分を知りたいと思うようになりました。それでいろいろ調べるうち、ナグ・ハマディ文書というエジプトで発見された経典に興味を持つようになります。

オランダの歴史の教授、G.クィスペルは、この写本をユング研究所が入手するように助力した人ですが、ナグ・ハマディ文書を解読して、Gnosis(グノーシス)主義の考え方について説明しています。人間は登山家のようなもので、分かれ道で道に迷ってしまい、キリスト(あるいは光)に名前を呼ばれて始めて自分の行く方向を知るのだそうです。また、わたしたちは、自分の知性や肉体のことを知っているが、内なる世界を見る別の自分(本当の自分)にも気づいていると。

Karenは、特に次のイエスの言葉に共感を覚えたようです:

One who does not stand in darkness cannot see the light.

暗闇にたたずまない人は光を見ることができない。彼女の場合は、ここ数年間、自分の苦痛を何とか超越して幸せを見つけようとしてきました。文書にある闇と光の教えで、苦痛について新しい見方を学び、自分なりに次のような結論に達します。

We do not suffer for the sake of suffering but so that we fully experience its opposite.

苦痛は、苦しむために味わうのではなくて、その反対のことを十分に体験するため。確かに、この二元性の世界に生きているのは、そういうことだと思います。引き寄せの法則のエイブラハムも、コントラストを経験するから、自分が望むものがはっきり分かるということを説いていますものね。

その他にもGregg BradenのThe God Codeを読んだりして、古代の人たちが知っていた真実、それがコードとして残されているように感じ、聖地へ行きたいと思うようになります。

イスラエルへ


ということで、Karenはイスラエルへ飛び立ちます。イエスが13歳から成人するまでどこにいたかということが聖書に抜けているようですが、ロシアのNicolas Notovitchという人がチベットとインドへの旅行中、足を骨折し、Himisという仏教の修道院で療養していたとき、イエスのことを書いた文献に遭遇したそうです。

それによると、Issa(イエスのこと)は13歳のとき、キャラバンについてインドへ行き、そこでスピリチュアルのマスターについて癒しの術を学んだということです。その後、ネパールへ行き、エルサレムへ戻って来たと。

KarenはMount Meron(メロン山)で賢人の墓やエルサレムのイエスゆかりの地を訪れました。エルサレムに着いた最初の夜、デジタル時計と数字の夢を見、「時間」という言葉に関することで、全部は把握できなかったのですが、「今が信念を持つときだ」という意味のメッセージであることが何となく分かりました。

臨死体験をするまでは、自分の中の小さな声に耳を傾けることはなかったけど、今はそうする勇気があります。夢が何か深い意味やメッセージを伝えてくれることにも気づきました。潜在意識が癒されると、夢は自分の傷のはけ口から将来の創造の場に変わることが可能です。

イスラエルの旅はいろんな意味で素晴らしいものでした。解放感を感じ、インスパイアされ、ハッピーな気分で帰ってきました。

再び手術


イスラエルの旅行中から顔がむくんでいるのに気づいて、医者に行ったのですが、何も悪いところは見つかりませんでした。ちょうど理学療法の学校で人体解剖学を勉強していた弟が、血管が閉塞しているせいかもしれないというので、心臓のことで世話になったドクターに電話で事情を説明しました。ドクターはすぐにCTテストの手配をします。

ICDデバイスのワイヤーによる傷か何かで肉が盛り上がり、その部分の血管が圧迫されていることが分かりました。再びボストンに飛び、手術することになります。このニュースを聞いた父親は"We're going to fix this!"と強く言い聞かせるように言い放ちました。母親は、Karenの顔を見ては泣き、電話口で泣き、祈りながらも泣き、ずっと泣いていました。Karenも打ちひしがれて泣き通しでした。

そのとき、飛行機とホテルの手配やら医療費の支払いなどすべて一手に引き受けたのは父親です。それだけでなく、お金で買えない時間や気遣い、配慮、励ましが必要なとき、真っ先にそれらを与えてくれたのも父親でした。手術後の耐えがたい痛みで泣いていたときも、父親が毎日、部屋をノックしては「諦めるな」と励ましてくれました。

イエスが遣わした人


これまで批判的なコメントを投げかけていた父親、それでも自分を深く愛してくれている、Karenには理解できませんでした。でも、いくつかの出来事とシンクロが重なって、父親の真の姿が見えてきます。

最後の手術から何ヶ月もたったとき、父親の夢を見ました。夢の中で父親は「テストは4時間かかるはずだった。でも、わたしのおかげで45分に短縮したんだ」と言いました。この夢の意味を考えているときに、妹から電話があり、ヨガセンターのインストラクターが言ったことを話してくれました。

それを聞いて、パッと理解できたのです。Karenがスピリチュアルに目覚めたあと、その新しい見方や考え方、あり方を父親は絶えずこき下ろしたり、反論したりしてきました。これは、Karenにとって辛いことでした。というのは、父親の言うことにどこかで同意している自分がいたからです。本当は収入の道を求めるべきだ、自分は結婚不適格者だ、祈りに時間を費やすのは無駄なこと、この年で両親の家に住んでいる情けない自分といったことをまだどこかで思っていたのです。

父親が攻撃してくれたおかげで、自分の誤った信念と向き合うことになり、エゴを乗り越えて自分のハートから生きる勇気と力を得るようになったのです。自分の父親に対してさえ自分の信念を持ちこたえられないなら、どうやって世の中の人たちに自分の思いを伝えることができるでしょう。

何年も前にイエスが夢の中で誰かを遣わすといったのは父親のことだったと分かったのです。自分を守るために、そして何よりも成長を促すために父親が遣わされた。今、こうしてある自分は、すべて父親のおかげだったと気づきました。

手術の8ヶ月後、妹と長い間話していたこと、ヨガと瞑想、ヒーリングのスタジオを開くことにしました。妹と友人、それに後に弟も加わって。このときも金銭面で父親の助けがあったのですが、サインした書類をロスにいる妹にEメールするとき、父親は次のようなメモも妹宛に書いていました。

I have done my part. I have woken up Karen. It's up to her now.

最後に


いかがでしたか? 本書を読んで、夢はメッセージを伝えてくれることがあるのだということを知って、寝る前に夢を覚えていると暗示して寝るようにしています。覚えていることが多くなりましたよ。でも、まだメッセージの意味がよく分からないです。続けてみます。

Karenのお父さんはすごいですね。何だかんだといってはしっかりサポートしてくれていますもの。わたしの父はまったく違いますが、本書を読んで、別の意味で自分を鍛えてくれたと感じています。

ところで、Karenは最後の手術で結局、ICDデバイスを摘出し、新しいデバイスと入れ替えることはしませんでした。心臓が止まったときの安全ネットはなくなりましたが、その方がいいと。自分の人生を生きていれば、安全ネットは要らないことが分かったからです。

It is the difference between staying alive and being alive.

備えあれば憂いなしを優先させ、まだ起こってもいないことを心配して自分の人生を生きていないか、ちょっと考えさせられる言葉ですね。



関連記事

 人生の方向

 自分の人生 生きたい

0 Comments

Leave a comment