18
2015  07:18:05

人生の難題に遭遇したら|自分を可能性の達人、不動の目撃者に持っていく

原書:Uberman: Almost Super Human

かなり前に取り上げた本ですが、まだ続きがありまして、きょうはこちらを見ていきたいと思います。前の記事はなんと一年前でした。

人生には思いもかけない問題が起こることがありますが、そんなとき、どう対処したらよいかということについてです。わたしも、今、問題を抱え対処しているところなので興味がありました。前にも少し書いたのですが、父の長期ケアの問題です。お金の工面ですよね。家族の中でいつも世話役の立場になり当然のように思われているので、不満、怒りを抱えて被害者意識があります。これは新しい飛躍の機会だと捉えるように精進しているところです。ここまでという境界線もはっきりさせようと思っています。

状況は決定していない


A situation often appears to have the upper hand, but it is only your internal observation that makes it seem so. Your interpretation of what you believe to be factual is what is creating the situation the way it is.

これは言い得ています。何かあると、その状況が決定的に思われてしまうのですが、自分がそう捉える(観察する)から、そう見えるだけだと。変えられない事実だと思うから、そういう状況を作ってしまう。

まず第一にしなければならないのは、問題の観点を変えることです。そうすると、エネルギーのパターンや場が変わり、働きも変わってくると。

変えられない事実と捉えないで、さまざまな可能性があると捉えます。明日、雪が降るかもしれないし降らないかもしれない。多くの発明家は、無限の可能性を信じて試作と失敗を繰り返し、ついに成功しました。可能性は、まだ決定していない、終わっていない未来で広がっています。事実は決定し終了したことで、過去のものです。

この世界は、事実と可能性から成っています。可能性を探る人が可能性を手に入れるようですね。

人生の被害者になるとき、事実しか見ていません。まだ起きていない未来さえも事実として捉えます。新しい可能性はなく、新たな展開の機会もありません。

難題、一連の事実、不可能な状況が起こるたび、そこには新しい機会があります。事実の被害者から可能性の達人に転換すればよいのです。

Warner Erhard(ワーナー.エアハード)が、現実は列車のようなものだと言っているそうです。ただ乗っているだけでは駄目。運転席についたところで、方向を変えることはできない。列車は、あらかじめ引かれた線路の上を走り続けるから。方向を変えたければ、列車を降りてその前に行き、新たな線路を引くしかないと。

今、起きつつあることの最悪に焦点を当てるのは、状況をそのまま見ていないことになります。難問に思えるようなことが起こると、どうしても近視眼的に見てしまいますね。悪いことしか目に入らない。本当は、新たな道が開く機会かもしれないし、どう展開するかまだ決まっていないのに。

「この悲惨な状況から逃れるにはどうしたらよいか」という質問の代わりに、「どんな状況だったら最善の結果になるか、どんな経験をしたいか」という質問をすればよいとありました。 最初の質問は、被害者意識から出てくるもので可能性が閉じていますよね。後の質問だったら、今の状況を新しい機会に転換できそうです。

外界に影響されない自分がいる


大抵の人は、恐れに基づいた思考で自分の状況を作り出しています。しかも、その思考法は、家族や先生、牧師、愛する人、よく知らない人たちのものだったりします。こうした借り物の思考によって、心配症で反応的なプログラムを走らせています。

こうした心配や恐れに満ちた心のおしゃべりを静かにさせることができれば、マインドは自由になってよい知恵も沸いてきます。問題に捕われて心配や不安をつのらせているときは、一旦、考えるのをやめる、注意を別にそらす工夫が必要ですね。わたしは、体を動かしたり、心が落ち着く音楽を聞いてメディテーションしたりしています。

一つ、気づいたことがあります。何か問題が持ち上がるまでは心穏やかで満ち足りていたのに、問題が出てきた途端、心の平和がかき乱され苦悩します。問題が現れる前と後の自分は本質的に変わっていないはずなのにと思ったのですよね。

本書の著者も、このことを指摘していました。事実も可能性も、しょせんは影に過ぎないと。外界は常に変化するもの、自分の身体も心も変化しています。その中にあって、変わらないもの、不動のものが内にあります。このソースというか内につながれば、世界は自分のまわりを動いているだけ、中心に座る自分には何の影響も与えることができない。周囲は移り変わる影に過ぎない、中心の不動の自分が実相であると。

問題は、移り変わる外界によって作られるのではありません。自分をそれに関連づけるから、問題になるのです。問題が自分に起こっていると思うから、狼狽したり動揺したりするのです。そこから離れて、影響されない目撃者になることもできます。

そうすると、ただの反応で動くのではなくて、選択肢が見えてきて、最もベストな選択ができると思います。

関連記事

 感情

 人生 難題

0 Comments

Leave a comment