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2015  02:32:19

パートナーよりも内なるソースとのアライメントを第一に|エイブラハムの「ヴォルテックス」から

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The Vortex: Where the Law of Attraction Assembles All Cooperative Relationships

前回の続きです。

パートナーよりも内なるソースとの調和が大切なわけ


Flawed Premise #19:
A good relationship is one in which the dominant intention of each person involved is to find agreement and harmony with the other.


よい関係とは、まず、相手との同意と調和を見つけることを第一にすることである。

いきなり誤った前提からですが、これは意外ですよね。もちろん、相手との調和は大切なのですが、それを相手からの承認を得たいという願望にすり替える危険を注意しているのです。

相手に合わせようとすると自由を失ったように感じ、関係が続きません。ここでも、相手との調和よりも内なる自分との調和をまず第一に考えることが指摘されています。内なる自分との不調和が、自由を失ったという感じに翻訳されるそうです。それが、相手に対する恨みとなり、相手とも不調和になってしまいます。

If you are not selfish enough to seek and find harmony with your Source, you have nothing to give your partner anyway.

内なるソースとの調和を見つけようとするくらい自己中心的でなければ、パートナーに何も与えるものがない。

そうですね。自分が満足していないと、相手に与えることはできません。逆に、自分の中の不調和を相手のせいにしてしまい、与えるどころか相手から愛を奪おうとするのでしょう。自分がどう感じるかを相手の責任にしない、自分の感情は自分の責任です。そのために、内なるソースとアライメントすることに焦点を当てるのです。

嫌悪感はソースとの遮断の現れ


セックスを恐れる女性についての質問がありました。夫に触れられるだけでもセックスに発展するのではと恐れるケースです。

何でも強いネガティブな感情を引き起こすのは、それについて思うことが内なるソースの観点と一致していない現れです。たとえば、幼いころに、そのテーマについて言ったことや行為が親から強く非難された経験があったりすると、自分は不適切なことをしたと結論を下して罪悪感を感じるようになります。でも、感情のガイダンスシステムが示唆するのは、内なるソースはそんな非難をしていないということです。

これは、セクシャリティーに善悪の法はないのに、自分で勝手に善悪の判断をしているところに問題があります。自分を不適切だと思ったり、夫を不適切だと思ったり、このテーマについて自分に影響を与えた母親を不適切だと思えば、ソースとのアライメントができなくなるのでネガティブな感情が引き起こされます。内なるソースは非難しない、愛のみだからです。

エイブラハムは、内なるソースとのアライメントに心がけていると官能性が戻ることを請け合っています。肉体を持つ人間が、内なるソースとアライメントしながら、肉体的交わりで嫌悪感を感じるようなケースはなかったと言っています。嫌悪感は、ソースと遮断されたことを示しています。

相手との関係で気分がよくなる思考を見つける


今度は、結婚当初はよかったのに、妻が嫌がるので夫婦生活が途絶えたという男性が、どのように思考を変えたらよいのかという質問をしていました。

結婚当初はラブラブなので、お互いにポジティブな注意を向け、それがきっかけとなって双方とも内なるソースにアライメントします。だから、調和が感じられるのです。こういう状態で肉体的に交われば、まさに天上の喜び(divine)です。

When that physical/Source alighment is in place, then the physical intertwining is divine.

相手がアライメントするようにコントロールすることはできません。コントロールできるのは、自分のアライメントだけです。性的不一致を思いながらソースとアライメントすることはできません。自分の望むことが実現されていないことに注意を向けながらソースとアライメントすることはできません。

解決法は、相手との性的関係について気分がよくなるような思考を見つけることです。そうすれば、自分のソースと願望とアライメントできます。情熱的、ハッピー、官能的な気分になることを思えば、「引き寄せの法則」で望むようなランデブーのときが訪れるでしょう。

相手の行動に左右されて不足や不満の感情に流されず、ソースとのアライメントを維持できれば、望む状況が実現されます。

スピリチュアルということ


Flawed Premise #20:
When I focus upon things of a physical nature, I am less Spritual.


物質的なことに心を集中させるとき、スピリチュアルでなくなる。

これは、スピリチュアルに生きようとする人にありがちな思い込みですね。この誤った前提があると、セクシュアルな行為はスピリチュアルでないと思うようになります。スピリチュアルとは、何かの課題やその行為について言うのではなく、どんな波動の選択をしているかということです。

エイブラハムは、セクシュアルな行為も拡張と捉えているようです。ここではセクシャリティーがテーマですが、どんな課題でも、自分がすべて知っているとして善悪の判断をするという行為がスピリチュアルでないと。拡張を妨げるからです。

他にも、一生添い遂げるというアイデアも、善とか悪には捉えていませんでした。お互いにハッピーでよい時間が持て、自分自身でいられる関係なら続けましょう。そうでなくなったら、別れましょうという意味の「誓いの言葉」まで提示してくれていました。


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