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2015  09:24:29

人間のマインドは真実と虚偽を区別できない

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Dissolving the Ego, Realizing the Self: Contemplations from the Teachings of David R. Hawkins, M.D., Ph.D.

他州より帰ってきたところで、ちょっと間が空いてしまいました。2015年に入りもうすぐ1月が終わりますが、初頭から決断を迫られることが多く、今年は大きく揺れそうな年ですね。何だか落ち着かないけど、変化がありそうでワクワクもしています。みなさんはどんな感じでしょうか? 

さて、前の続きで、デヴィッド・ホーキンズ博士の著を読み進めます。

今回は、小さなセルフ(the self)のマインドの部分です。"mind"は訳すのに苦労する言葉で、意味は"the part of you that thinks, knows, remembers, and feels things"です。思考や記憶や感情を司るところで、コンピューターのCPUみたいなものです。これに相当する日本語はないので、そのまま「マインド」としました。

マインドとは


マインドは、エゴが自分だと思っているプロセシング・ユニットです。マインドは、思考や感情、イメージ、記憶を次から次に処理して意識にのぼらせます。

マインドも、肉体と同様に、本当の自分ではありません。また、肉体と同様に非個性的です。思考はありますが、その思考はセルフが産み出したものではありません。

欲しくないといっても、人間にはマインドがついてきます。だから、これは個人の選択や決断によるものではありません。(だから、マインドの欠陥を自分の落ち度だと感じる必要はないんですね。それだけでも、少し気持ちが落になります)。

マインドは、テレビの受信機のようなもので、さまざまなチャンネルがあります。自己憐憫や恨み、心配といった誘惑に陥ることもできますが、そうした誘惑に従う必要はありません。このような思考に惹きつけられるのは、秘密の満足感が得られるためです。

マインドは、1秒間の1/10,000の間に、現象を翻訳します。内部と外部のデータを同時に処理するプロセッサーの働きをして、メモリや感情センター、条件反射にアクセスしつつ、データを分類、ソートし、優先順位を決め、状況に当てはめ、翻訳する動作を同時に行います。

マインドの欠陥


すべて分離しているように見えるのは、思考の産物で、マインドは、常に、その中の一つの見方を経験しているに過ぎません。

人間のマインドは、コンピュータのハードウェアのように、どんな情報(ソフトウェア)も受け入れてしまい、誤った情報はフィルターアウトするという安全防止機能は持っていません。だから、社会がプログラムしたソフトを受け入れてしまいます。

そういう意味で、人間のマインドは、自身の限界に気づかず、うぶで、だまされやすいという性質を持っています。誰もが、この無知と限界の犠牲者です。

人間のマインドは、真実と虚偽を区別することができません。(何度も出てくるので、ハイライトしました)。そうでなければ、戦争も社会問題も貧困も無知もなかったでしょうし、人間の意識レベルが何世紀もの間、190に止まっていることもなかったでしょう。

マインドは、物事を二元的に処理するため、目的達成に障害となるものを取り除くのに、抑圧や否認といった機能を発展させました。二元の片方、つまり好まない方の所有権を否認して、それを外界に投影することができることを発見しました。このメカニズムは致命的で、悲惨な結末に直面しても、エゴは執拗に同じ過ちを繰り返してしまうようになりました。

マインドは、自分が投影したものが外部にあり、自分とは独立した存在だと思う間違いを犯します。

マインドはまったく当てになりません。一貫性がなく、突発的です。オフィスに鍵を持っていくのを忘れたり、電話番号や住所を忘れたりして、イライラや頭痛の種になります。マインドは、感情や偏見、盲点、否認、投影、妄想、恐怖、後悔、心配、罪悪感、不安に汚染され、さらには、貧困や老い、病気、死、失敗、拒絶、失うこと、災難への幻影におびえます。

マインドは、プロパガンダ、政治的スローガン、宗教的および社会的ドグマ、歪められた事実などで、絶え間なくプログラムされています。マインドの欠陥は、その内容だけでなく、真実と虚偽を区別する手段を持っていないことです。

考え方


「謙虚さ」は、事実の蓄積よりも価値があります。完璧な神の存在を完全に経験したのでなければ、自分は何も知らない、蓄積した知識は一時的なものに過ぎないと想定するのが安全です。

思考は欠乏から起こり、得ることを目的にしています。完全性においては、欠乏するものはありません。思考することも、その動機もありません。質問も起こらなければ、答えを探す必要もありません。

思い込みは、その人の経験を決定する要因です。外部の「原因」はありません。その人の根底にあるプログラムを知るには、繰り替えされる不平や悲しみを書き出してみるとよいでしょう。

思考や感情を「自分のもの」とレベルを付けたら最後、魔法のように自分の身に染みこみ、主導権を握られてしまいます。(最近、よく聞くのですが、ほとんどの思考は自分のものではないそうです。初めは理解に苦しんだのですが、この思考は自分のものではないかもしれないと思うと、不思議に捉われなくなります)。

個人のセルフは、マインドに起こる思考を「自分のもの」だと思いたいのですが、実際は、そのときの意識レベルに流れている「思考」に過ぎません。(だから、意識レベルが変わると、思考や感情が変わるのですね)。

人間のマインドは、真実に献身していると思っていたいのですが、事実は、すでに信じているものを確認しようとしているのです。エゴは本質的に高慢で、自分の信念が知覚の幻想に過ぎないと暴露されるのを好みません。

思考は自分で勝手に考え、あなたを必要としていません。身体が自動的に機能しているのと同じです。

ネガティブな感情は、秘密の見返りがあるので持続するのです。この「エゴの活力」が拒否されると、思考が減退し、やがて消滅します。マインドは空っぽになって、退屈という恐れが起こります。観察してみると分かるのですが、マインドは将来を予測し(恐れ)、過去にしがみついています(後悔、憎しみ、罪の意識)。こうして、娯楽の中心に座を置きます。

ほとんどの人は、エゴが、マインドというプロセッサーを使って即座に(1秒間の1/10,000)翻訳したイベントのモニターテープを経験しているに過ぎません。実際のイベントをそのまま経験しているのではないのです。エゴの注釈を聞いているんですね。

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マインドって、プロセッサーにしては高速で優秀ですが、エゴに利用されているんですね。イベントを次から次に処理して、エゴの注釈付きで見せられているというのは、すごいです。エゴが、後悔や憎しみ、罪悪感などを織り込みながら、いろいろ演出して、映画を見せてくれるのかと思うと笑えます。

マインドで起こる思考が自分のものでないというのは新鮮でした。自分のものだと思うから、正当化しようとしたり執着するのですね。なるほど。



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3 Comments

タナベ  

ありがとうございます

嬉しいです。
さっそくみんなに紹介しますね。

おそらくすごく分かり易く翻訳してくださったと思いますが、それでもみんなには難解だと思いますので、一度にシェアするのではなく細切れにして伝えようと思っています。(笑)

感謝しております。タナベ

2016/06/23 (Thu) 11:35 | EDIT | REPLY |   

ぴーちくばー1223  

Re: 有難う御座います

タナベ様

コメント、ありがとうございます。それほどまで言っていただいて嬉しいです。
ホーキンズ博士の文章は難解で、英語で読んでいるだけでは、なかなかピンとこなくて困りました。
翻訳と要約するのに手間がかかりましたが、その過程で少し理解できたかなといったところです。

どうぞ、シェアしてください。共有できるのは嬉しいです。

2016/06/22 (Wed) 12:31 | EDIT | REPLY |   

タナベ  

有難う御座います

はじめまして。

「エゴ」や「マインド」について、新たな発見がつぎつぎにあり目からウロコが100枚ぐらい落ちた感じです。有難う御座います。


ただ問題はどれだけ反芻して自分の中に落とし込めるかだと思いました。

そしてもしよければこの内容を仲間にシェアしてもよろしいですか?

もちろん出典は表記しますので、ご検討いただければ幸いです。

タナベ

2016/06/22 (Wed) 12:06 | EDIT | REPLY |   

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