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2014  09:02:41

人生の意義を見出すと苦境も乗り越えられる

まだ、読んだことがないのですが、ときどき、取り上げられて見かけるのがこの本。



左が英語版で、右がその訳書です。ヴィクトール・エミール・フランクルというオーストリアの精神科医、心理学者で、ナチの強制収容所で体験したことをを9日間で書き上げたのがこの本だそうです。

1942年に収容所に両親と奥さんとともに送られ、その3年後に解放されました。このとき、妊娠していた奥さんを含む家族のほとんどがすでに亡き人になっていました。

人生の意義を見出すとき生きる力が出てくる


さすが心理学者です。収容所という過酷な環境にあり、希望を見出せない中で、それを跳ね返す気概を持つのはどんな人かを観察したようです。彼は、書の中でこんなことを書いているそう。

Everything can be taken from a man but one thing, the last of the human freedoms -- to choose one's attitude in any given set of circumstances, to choose one's own way.

人には、すべてを取り上げられても、最後まで取り上げられない自由がある。置かれた環境がどんなものでも、それをどう受け取るかを選択する自由がある。そして、人生の意義を見出せた人が、絶望に打ちひしがれずに生き残れたということなんです。

フランクル氏は収容所でカウンセリングを行いました。まだ残された人生にやることがあることを思い起こさせて、人に生きる力を与えました。ある人の場合は、外国に住んでいる子供であったり、またある人の場合は、科学者で完成させなければならない書籍が残っていたことだったりします。どんなに悲惨な状況にあっても、まだやることがあると思えれば、人は生きる力を得られるようですね。

自分でなければできない、自分の存在が人類や社会に何らかの貢献をもたらすと思うと生きる力が出てくるようです。苦痛にも意義を見出せると、力が沸いてくるというのはそうだと思います。ただの苦痛だと思えば耐えがたくても、これが自分を成長させてくれると思えば、苦痛が和らぎ、かえって感謝までしたくなるのではないかなというのが、最近、思っていることです。

幸福の追求と人生の意義、どちらを取る?


Happiness without meaning characterizes a relatively shallow, self-absorbed or even selfish life, in which things go well, needs and desire are easily satisfied, and difficult or taxing entanglements are avoided.

「意味のない幸福は浅薄で、自己陶酔、ときに利己主義にもなる人生を特徴とし、物事がうまく行き、ニーズや望みが容易にかなえられ、困難や苦労という足手まといになるようなものを避ける」ということですが、バランス感覚が必要ではないかと思います。

無理に困難や苦労を背負わなくてもいいと思うんです。日ごろは楽しく気楽にやっていてもいいかなと。でも、人生には、予期しないことが起きて、平和がかき乱されることがあります。映画やドラマだって、何か危機が訪れて、主人公が悩みそれを乗り越えて成長するじゃないですか。苦労も後で思い返せば、いい思い出です。何が来ても、いずれ出口に来ることが信じられるようになってきました。

This too shall pass.は、苦痛の真っ只中にいるとき、力になる言葉ですよ。「これもいずれ、過ぎ去る」です。

人間と動物が違うことの一つは、人間には幸福の追求だけでなく、人生の意義を求める動物でもあるということです。「今の瞬間を生きる」のは幸福の原点ですが、人生の意義を求めるとき、過去を振り返り、どんな意味があったかを考え、それを未来にどう生かそうかと考えるという点で、今の瞬間を生きることと少し離れるようです。

人間って、苦痛や困難に出会っても、そこに何らかの意義が見出すことが出来れば、先に進むことができるようです。英語では、"golden nugget(金塊)"を見つけるという表現をすることがあります。

こうして考えてみると、普段は今を生きるようにしてハッピーをこころがけ、何か困難に出会い苦痛を感じるとき、その意義を見つけて(例:自分を成長させた、~に気づいた)、先に進むといいかなと思いました。

幸福の追求を超えるもの


フランクル氏の話に戻りますと、収容所に送られる前に、彼は一つの決断に迫られています。1941年にアメリカの査証が取れて、キャリア面でも、ナチの危険から逃れる面でも、アメリカ渡航は魅力的でした。でも、そうすると、両親を見捨てることになります。

頭をすっきりさせるためにウィーンの大聖堂に行って帰ってみると、テーブルの上に大理石の破片が置いてありました。父親の説明では、ナチによって破壊された近所のシナゴーグのものだといことです。破片には十戒の一つ、「あなたの父と母を敬え」の一部が刻まれていました。このとき、フランクル氏はアメリカ渡航を断念、両親の支えになることを決意します。

人間は、自己の利益を顧みず、他の人のために尽くすという崇高な行為もできるんですね。よい人生、意義のある人生を送るには、自分の幸福の追求だけでなく、他への奉仕も大切だなと思いました。結局、他人は自分の延長にあるから、人を幸せにすると、自分も幸せになるというのは、ダライ・ラマの賢い力主義にも通じます。

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