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2014  09:22:33

大切な人を失う恐れから自由になるには

人生ではさまざまな出会いがありますが、必ず別れもあります。生きていたら、誰もが経験することですね。

慣れるわけではないですが、何度も別れを経験すると、手放すのが少しうまくなったような気がします。これが終わりではないし、また新しい出会いがあると経験から知っているからでしょう。若いときの方が、目の前が真っ暗になって悲嘆にくれるかなと思います。

これについてガイ・フィンリーという人の著書の抜粋があったので、書き留めておくことにしました。なかなか洞察に優れていますよ。

何も所有しないから失うことができない


大切な人やものを失うとき苦痛を感じるのですが、人であれ、物であれ、立場であれ、自分の人生から何かがなくなるという事実があるからではないそうです。所有してないものを失うことはないから。

関係でも、容貌でも、権力や知性、この自分の人生でさえ、所有していない。

自分の仮イメージが崩れるとき


実際に失うのは、自分のイメージです。人は、交わる相手やものを通して、自分のイメージを作り上げるようですね。人や立場や持っているもので、自分はどんな人かを感じるみたいです。

だから、そういう相手や立場、ものがいなくなると、自分のイメージを支えるものがなくなるので失った気がするのです。

人生で何か変化が起きたときに感じる居心地の悪さも、失う苦痛ではありません。

常に変化しているものを所有することはできません。人生そのものが、まさにその変化の連続で、絶え間なく永久に変化しています。でも、マインドはどこかに安心(安定)を求めようとします。そして、心の中にイメージを描いて、それを保持するのです。

でも、人生のどこかで、この仮のイメージを持ち続けることができないときが必ずきます。もはや、変化する現実を否定できません。何かを手放さなければなりません。

どんなにうまく作り上げたイメージであっても、大きな変化のときにまず崩れるのが、この仮イメージです。これを失うと言うのです。

実際には何も失うことはない


愛する人を失う苦痛や悲嘆は、実際に苦しいものです。耐えがたいほどの空虚感を味わうでしょう。

でも、失ったという苦痛は、低次レベルのマインドに属することに気づかなければなりません。低次レベルのマインドは、自己のまわりに世界を作ってそこに止まろうとする性質があります。

しかし、本来のあなたは、何ものをも失うことはできません。あなたの本質は、完全円満で永続する命だからです。あなた自身を失うことはできません。

人であれ、物であれ、実際には何も失うことができないと知り、大切な人と自分の間に、大事なものと自分の間に何の境もないことを理解できたら、失う恐れや苦痛は自然に存在しなくなるでしょう。
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