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2012  06:55:35

不完全の完全

タオの哲学というのは…

「こうあるべきだという見方にとらわれて自分が勝手に作った鋳型に物事を当てはめようとせず、生命のあるがままを観察し、その流れに乗る」ということらしいですね。そこから筆者独自のこんな見解が出てきます。

Pain is wishing the world to be different than it is.

意味深でしょう? これを男女間の関係に当てはめると、人間のセクシュアリティと何千年もの間に浮かび上がってきたパターンを観察し、それに逆らうのではなく、適応すること。

霊長学者が発見した面白い相互関係で、testicle-to-body-weight ratioが高いほど乱交の度合い(promiscuous)が高いというのや(ちなみにホモサピエンスはチンパンジーとゴリラの中間ですって)、動物学者の興味深い調査など、人間のセクシュアリティの実態を知る参考になる資料が載っています。

早い話、monogamy(浮気をしない)というのは、可能性としてあるけど、絶対ではないんですね。それは男女ともに言えることで、ただ、性機能の違いで男性の方が浮気の確率は高いと。だから、長期的な関係において、浮気の可能性も踏まえ、浮気をしたからそれだけで悪いと決めつけずに、柔軟に対応するということでしょうか。

タオの哲学というのは、現実的です。

筆者の女性友達で楽しいデートをしたのに、instant chemistry(会った瞬間に感じるドキドキ感)を感じなかったので、二回目のデートはないだろうという話。この感覚、分かりますよね。

ところが、この第一印象というのが当てにならないんですね。筆者の調査によると、女性の相手の男性に対する第一印象はそれほど良くなかったのに、結局、幸せな長期的な関係に結びついたという例が多いようです。英語でmadly in loveなんて言いますが、結局、のぼせ上がった恋でmadになっていると、冷静な判断ができないということです。

シェークスピアの『ロミオとジュリエット』から"violent delights have violent ends"という引用も出てきますが、燃え上がった恋は強烈な終わり方をするということをシェークスピアさんも言っているんですね。

そういう風に、あまりロマンチックになりすぎないように、と釘をさしておいて、こわれたカップを完全とみる禅の見方を薦めています。つまり、人はこの少しかけたカップのようなもので、それで味わいがあり完全ということです。完全な人間はいないけど(そんな人がいたら面白みがないですよね)、あなたにとって完全な人はいますよと言っています。

極端にこうじゃないとダメだと決めつけることなく、かといって誰でもいいういうわけではく、中庸の道をとって地についた選択をするというのがタオのやり方のようです。

ARE THE KIDS GONE  BACK TO SCHOOL YET?
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